君の居る場所
誰もいない夕方の学校をただなんとなく徘徊しているとそのうち屋上に行き着いた。
どうせ鍵なんて開いてないだろう。
そう思いながら屋上のドアに手をかける。
しかし予想に反して鍵は開いていて、見た目よりも軽いドアに拍子抜けした。
ドアを開けた途端、いかにも夕方らしい生ぬるい風が吹いた。そのまま一気にドアを開けて屋上に一歩を踏み出す。
目の前に広がったのは夕焼けで橙色に染まった街。
その景色は思わず見とれてしまうほど美しかった。
そのまま進んで3メートルはあると思われる無駄に高いフェンスに手をかけた。フェンスはぐらりと傾く。さほど新しくもないのだろう、そのフェンスは今にも倒壊してしまいそうだ。
ふぅ、と息を吐く。
「何してんの?」
空から降る声。
いや、ただそんな風に聞こえただけで実際にその声の主が空にいる訳ではないだろう。
だけど辺りを見回しても声の主は見つからない。
「ココだよ、ココ」
聞き覚えのある声。
胸をくすぐって、その場に居ても立ってもいられなくなるような声。
君だ。
やっと判った。
どうしてすぐに判らなかったのだろう。
好きな人。
愛しい人。
君の姿を見たくて、目を皿にするように躍起になって君を探す。
だけど見つからない。
するとクスクスという君の笑い声が聞こえてきてなんだか恥ずかしい気持ちになる。
笑いながら君は現れた。
まるで空から降り立つように。
「何処に居たの?君」
状況が飲み込めなくて、君に向かって問う。
「向こうの、……すぐそこ、あっちのフェンスに登って座ってたんだよ。あはは、びっくりした?」
じゃあ、ジャンプして降りたのか。
3メートルほどあるフェンス。決して自分から飛び降りる気にはなれない。てか、その前によくこのぐらつくフェンスに登れたな。まずそこから無理だ。
「君がココにきた時に声を掛けようと思ったんだけど、この景色に見惚れてたでしょ?だから声掛けづらかったんだ。驚かせてごめんね」
ごめん、等と言って謝ってはいたが君から悪びれる様子は全く見られない。
まぁ、怒ってないからいいんだけどさ。
君は、ゆっくりと微笑みながらこちらへ近付いてくる。
「君、いつもココにいるの?」
間が持たないと思い、質問を投げかける。
「うん、ほぼ毎日。君は今日、どうしたの?」
「別に、ただ気分で」
せっかくの君からの問いにそっけなく返して会話を打ち切ってしまう。
何やってんだよ、僕。
せっかく君と2人きりになれたのにこんなんじゃつまらない奴だと思われてしまう。
両思いになりたいなんて高望みはしないさ。
だけど、君の中に居る僕が少しでも良い印象で在り続ける様に最低限の努力はしたい。
しかし、僕の思いは虚しく、君は面白くなさそうに応えた。
「ふぅん。暇人なんだね」
「……まぁね」
いや、本当は暇じゃない。
やるべきことが本当はたくさんある。
だけど今日はサボった。
逃げ出したのだ。
正直やってられない。
わかってくれない教員。
話を聞いてくれない友達。
期待ばかりを背負わせてくる家族。
何をやっても空回りで、時間だけが過ぎてゆく。
だから逃げ出した。
逃げる事で何かが変わればいいと思った。
そんな事解かってる。別に何も変わるはずなんてない。
ここで逃げ出しても状況は変わらない。寧ろ一層悪くなるだけだと思う。
だけど、君に逢えた。
好きな人。
愛しい人。
話す事が精一杯で、目なんて合わせられない。
勿論触れることさえも……。
「君は何でココに居るの?」
君は少し笑って
「綺麗でしょ?景色」
何故か恥ずかしそうに応えた。
「それでこうやって毎回通ってるんだけどね。同じ景色なのに全然飽きないんだよ」
楽しそうに話す君。
いつの間にか君の声はすぐ隣から聞こえていた。
距離が知らぬ間に縮まっていた事に驚く。
手を伸ばせば触れられる距離。
だけどそんな事できない。
そんな勇気ない。
こうして会話するだけで満足だ。
たとえ少しの事でも触れるなんて事望まない。
「あれ?肩に糸くずついてるよ」
そう言って、君は肩に付いた糸くずを何の躊躇もなく僕に触れて掃った。
一瞬だった。
一瞬だったけど服を通して君の指先の体温が伝わってきてなんだか恥ずかしくなって顔をそむけた。
「ありがと」
短く礼を言う。
辺りは橙色が濃くなって、街を真っ赤に染め上げていた。
時が経つのは早い。
もうしばらくすればこの太陽も、あの高層ビルの向こうに沈んでしまうだろう。
end
『ALI PROJECT』の『In The World』を聴いて思い付いた話。
(20060800)
加筆修正
(20071214)