はじめまして、魔法使いです。
伏せられたフォトフレーム、染みの付いたカーペット、辺りに乱雑に落ちている本、いつのものか判らないお菓子のゴミやペットボトル、適当に山積まれた新聞紙、使い古された年代物のオーディオ。
こう表現するとまるで廃ビルか何年も人の住んでいない洋館のようだ。
もちろん此処は素敵幽霊が出てきそうな廃ビルでもなければ、魔法遣いの住んでいそうな古い洋館でもない。
困った事に此処は自分の自室なのだった。
うん、この汚いだけの部屋も自分の表現力と妄想力を駆使するとこんな素敵な場所になるんなら片付けなんてしなくてもいいか、なんて思うけどそうやってまた部屋の片付けをサボるとお母さんに怒られる。
しかし、部屋掃除なんてどうしたらいいんだろう。
この部屋の惨状を見て、片付けではなくもはや大掃除の領域であると私でも判断できるのだが、一人で自分の部屋の掃除をしたことがないから何から手を付けるべきか全くわからない。
いつもはお母さんか親友が手伝ってくれるんだけどいかんせん今日は両者ともいない。
まぁ手伝ってもらうというより、その両者のどちらかが率先してやって、私は指示に従うだけなので私の方が手伝っている感じなんだけど。
うん、こう考えるとまるで駄目だ。
女として、というか、人として駄目だ。駄目人間だ。
とりあえず目に付くゴミから片付けるべき…かな。
ゴミ袋は持ってきてあるし、お菓子のゴミとかペットボトルとか。
あれ、でもペットボトルってリサイクルがどうのって言ってなかったっけ?
よくわからない。
まぁいいや、とりあえずペットボトルも燃えないゴミ袋に入れちゃえ。
しかし、なんだこのゴミの多さは、終わりが見えない。
どうしてごみ箱に捨てなかったんだよ、私。
いや、ごみ箱に捨ててはいたんだ。
いっぱいになっちゃって、ゴミをちゃんと出せばよかったのに出さないで、溢れて……。
最悪だよ、私。
今度はもっと大きいごみ箱を買ってこよう。
ゴミを全て片付けると部屋が半分くらい綺麗になった。
……ほとんどゴミ屋敷じゃん。
ホント最悪だよ、私。
本棚には塵一つない。
毎日使っているから。
カーペットの上に散乱している大量の本を本棚に戻そうとして手が止まった。
……そうだった。
別に片付けるのが面倒臭くて本を散乱させているんじゃなかった。
片付ける本棚がなかったからとりあえずと、その辺に放ったんだ。
ゴミ箱の他にまた本棚も買ってこないといけないな。
本はとりあえず机の上に積み重ねて置いた。
ちなみにこの机も埃一つない。
毎日使うから。
毎日使うものは比較的……というか、自分で言うのもなんだけどかなり綺麗だ。
机然り、本棚然り。
カーペットももう撤去してしまいたいな。
ジュースや正体不明の黒や茶の染み、泥や土。
汚いったらないや。
基本的に普段は土足で生活しているからカーペットはいらない。
そのカーペットの上に座る事もまずないし。
では何故カーペットがあるのかと問われると、これは私発案ではなく私の親友とお母さんが何故か結託して持ち込み敷いたものなのだった。
いちいち靴を脱がなくてはいけなくなるからいらないと私は言ったのに、私の親友とお母さんは見栄えがいいからと無理やりカーペットを敷いた。
カーペットを引っ張ってみる。
全然動かなかった。
それもそうだ。
カーペットはこの部屋一面に敷かれ、本棚や机、ベッドといった家具があるのだから当たり前だ。
……嫌だなぁ、邪魔なんだけどなぁ。
でも今ある家具を一度全部部屋の外に運び出すのは面倒臭いし、邪魔なだけで敷かれた日から今日まで特に不便は無いから、とりあえずはいいか。
機会があったらお父さんに手伝ってもらおう。
と、ソファの周りに散乱した新聞に目が付いた。
山積みされたおよそ半年分の新聞が崩れて散乱している。
そうだ、新聞も片付けなくちゃ、もう必要の無いものだ。
だけどこれもまたどうやって処分したらいいのだろう。
燃えるゴミにしては量が多いか……。
お母さんはどうやって捨てていたのだっけ。
憶えていない。
とりあえず積み直しておこう。
それからお父さんが帰宅次第、処分方法を訊くことにしよう。
散らばった新聞紙をまとめて、寄せて、綺麗に畳んでいく。
昨日のものとか、一ヶ月前のものとか、日付がバラバラできちんと並べていこうかとも思ったけど、やっぱり面倒臭くてやめた。
もう捨てるものだし、記事を反芻する事もないだろう。
じゃあこんなに綺麗に畳まなくてもいいのではないかと思ってまた手が止まる。
凄く無意味な事をしている気になってきた。
でも、やっぱりまとめておいた方がいいのかな。
そう思ってまた手が動く。
手にとった新聞のトップ記事を見てまた手が止まった。
日付を見るとちょうど半年前のものだった。
思考が一度ストップして、無意識に過去に吸い込まれ、その半年前を反芻する。
そう、半年前のトップ記事には私の親友とお母さんの名前が載っているのだ。
「あたしさ、こういう……プレゼントを包むような包装紙とか、袋って捨てられないんだよね」
「それは、私みたいに片付けられないってこと?」
「違う。アンタと一緒にするな」
「だって捨てられないんでしょ?」
「大事に取ってあるって事。アンタみたいにただその辺にポイポイ放ってあるわけじゃないの。ていうか、今のイヤミって事に気付けよ」
「……あぁ、なるほど」
「なるほど、じゃない。毎週毎週、なんでこんなに部屋を汚く出来るのか不思議でしょうがないわっ。そのうちイニシャルGでも出るんじゃない?」
「イニシャルG?……あぁ、ゴキブリね」
「名前を出すな名前を。あたし本当に苦手なんだから、G」
「今冬だし、こんな寒い地域にゴキブリなんてまず出ないよ」
「出ないとは断言できないでしょ。あたし、Gが出たらアンタの部屋の片付け、絶対手伝わないからね」
「それは困るなぁ」
私が苦笑いをすると彼女は、私の親友は、フンと、鼻を鳴らした。
彼女が私の部屋を毎週末に訪ねてくるのはいつもの事で、私が毎週末、彼女に怒られるのも、いつもの事だった。
何故彼女は毎週私の部屋に訪れるのか、それは最後まで解らずじまいだったけど、思えば彼女はお節介な世話好きだったのだと思う。
私のことに留まらず、周囲の人間達の問題にに首を突っ込んで色々と迷惑がられていたようだし、事実自分も彼女の行為を迷惑と思う事もよくあったし、間違いない。
それでも彼女の存在は小学校、中学校と通して友達と呼べる人物が全く居ない私にとってとても有り難かった。
彼女のおかげで初めて同年代の子と会話するという楽しさを知ったし、協力し助け合うという有り難さと面倒臭さを知ったし、独りは寂しく悲しいという曖昧な感情を知った。
「あら、また来ていたの?」
片付けの中盤で毎回割って入ってくるのはお母さんだ。
「こんにちは、おばさん。お邪魔しています」
「ありがとうね、毎週この子の部屋の片付けを手伝ってくれて」
「いえ、もう慣れちゃいました。こんなに汚いとやっぱり気になっちゃって」
「なに?2人して蔑むような眼で私を見ないでよ。悪かったね、片付けの出来ない駄目女で。それよりもお母さん、本棚買ってよ、また足りなくなってきちゃった」
「アンタ、幾つ本棚買えばいいのよ。つい最近買ったばかりじゃない」
「本棚に仕舞えなければ、いくつか古本屋に売っちゃえばいいのに」
「いやだね。絶対売るもんか」
「そう言われてもねぇ。家中、アンタの本だらけなのよ。どうにかならないかしら」
「あたしの家に預けっぱなしになっている本もどうにかしてくれる?邪魔でしょうがないったら」
「そりゃあ、悪うございましたね。でも絶対売らないし、捨てないからね」
彼女とお母さんは呆れた様に二人顔を見合わせて嘆息した。
私は小さい頃からいわゆる妄想癖のある子供だった。
本やアニメ、ドラマや映画の世界に憧れた。
ドラマのようなロマンスに焦がれ、アニメのようなファンタジーに魅せられ、映画のようなミステリーに踊らされた。
それ故に幼い頃から虚言は常だったし、小学生、中学生になっても全くに納まらず、むしろ増徴して勉強にも身が入らず、部活や友人付き合いもまったく興味がなかった。
創作やフィクションこそが私の友人であり、恋人だった。
狂ったように他人の創った世界を愛し、自分が創った世界を溺愛した。
そりゃあ友達も出来ない筈だ。
周囲から見ても、私は当然変な子供だっただろう。
そんな私を寛容に育ててくれたのはお母さんだった。
お母さんはとても強い人だった。
私が変な子供だと周囲から陰口叩かれても臆する事なく私を守って私の話に耳を傾けてくれたし、私に物心がついて、他の子と違うと悩んでいるとそれが個性だといって励ましてくれた。
だから、どうしてお母さんがあんな事をしたのか、全くわからない。理解する事が出来ない。
私は一生、お母さんのあの言動に悩まされ、妄想を膨らませていくのだろう。
「今日も夕飯、食べていくでしょう?」
お母さんが彼女に尋ねる。
「はい、お言葉に甘えて今日もご馳走になります」
彼女は笑顔で答えた。
日はとっくに沈み、時刻は7時を迎える。
私の部屋掃除は大体いつもこの時間帯に終わって、彼女が我が家で夕飯を食べていくのも毎週恒例だった。
記憶の泉から帰還する。
楽しかった頃の記憶。
私は思わず息を漏らした。
あの頃が懐かしいとは思わない。
ただ妄想の肥やしになっていくだけ。還元されない記憶の泉に沈めるだけ。
新聞紙の整理を大方終わらして机の上に置かれたフォトフレームを見た。
プラスチック製の簡単に壊れてしまうような奴。
そのフォトフレームには私と、私の親友とお母さんが3人で写った写真が入っている。
足の折れたフォトフレーム。
何度直してもいつの間にか倒れていて、もうこのフォトフレームも処分したいと思った。
このフォトフレームは意図的に伏せてあるの訳じゃない、立たないだけ。
伏せられたフォトフレームに、別に意味なんて無かった。
あの日の夕飯はハンバーグだった。
時間短縮の為に微塵切りにした玉ねぎを炒めず、そのままひき肉と混ぜた簡単ハンバーグ。
その玉ねぎの食感がホクホクシャキシャキしていて意外と美味しい。
私の親友とお母さんがそのハンバーグを作っている間、私はお風呂からあがって、ビールを飲んでいるお父さんとダイニングテーブルで会話をしていた。
これもいつものことだ。
よっぽどのことがないと私は台所に入れて貰えない。
邪魔になるから。下手に手伝うと役立たずと罵られて追い出されるのがオチだ。
お父さんとの会話はお父さんの、またお前は二人の手伝いをしないのか、から始まり、喜怒哀楽の無いただ義務的な内容の会話をして、食事の準備が整って、『いただきます』の言葉で打ち切られる。
別に仲が悪いわけじゃない。
話す事が無いのだ。
だけどこの日の会話の内容は何故か良く憶えている。
「もし、お父さんとお母さんが離婚したらどうする?」
「え、なんでそんな事訊くの?」
「なんとなく、お前の妄想の肥やしになるかと思って」
「妄想の肥やしになるかならないかと訊かれると確かになるけども、そういうドキってする事、言わないでよ。最終的には泣くから、妄想で」
「……お前、妄想でも泣くのか」
「泣くよ、文句ある?」
「あはは、いや」
「笑うなよ」
「これが笑わずにいられるか。しょっちゅうニヤニヤしているかと思えば泣く事もあるのか。見てみたいな、是非」
「嫌過ぎるよ。絶対嫌だよ」
お母さんの身にあの日何があったのかは知らない。
だけどあの日、お父さんと私がした会話の中に正解があるのだと思う。
この事だけは妄想しない。
意識して、何も考えない。
考えると簡単に答えに辿り着いてしまうから。
そして、私が考えるまでもなく、正解というものは現実に突きつけられる。お母さんはあの日以降、私の前から姿を消した。
理由はあの日起こった事が原因だろう。
だけど、その前から火種は散らばっていた。
私には解らない、知る由も無い火種が。
それから私は被害者とも加害者ともいえない微妙な立場に置かれた。
しばらくは家に野次馬とか、マスコミといった人間が押しかけて気が狂いそうになるのを耐えて、耐えて耐えて、耐えて耐えて耐えて、収まった頃にはみんな私たちのことなんて覚えてなかった。
あんなに興味本位の人間でいっぱいだったのに。
何か他にない、真新しい事を聞きだそうと躍起になっていたのに。
『大衆とは、新たな事件が起こるとそちらに目が移るものだ。だからもう、この家には誰も来ないだろう』
お父さんが言った。
お父さんが言うとおり、家を訪ねてくる人は居なくなった。
外出すると後ろ指差されることは今もかわらないけど。
夕暮れの農道を空を見上げながら歩く。
真っ赤な夕焼けに背を向けて、人通りの多くお店が連なった国道に向かって歩いていく。
夕食の買出しだ。
家からスーパーまでは15分ほど。
あまり長い距離には感じられないけど行きは登り、帰りは降り。
少しきつい。
だけど帰りはちょうどお父さんが帰ってくる時間と重なるのでさほど苦労する事も無い。
15分間と言う短い時間の中で私は常に妄想に没頭している。
時々過去を反芻する事もあるけれどそれもやっぱり妄想に繋がってしまうので例外なんて無かった。
そういえば、半年前は私の親友とお母さんの事件のほかに、親が子を、又は子が親を殺してしまうなんていう事件が連続しておきていたような気がする。
半年かけて収集した新聞の中にもそんな記事がちらほらとあったから間違いない。
度重なる事件にテレビでも特集なんか組まれていた筈だ。
私はそんな事に興味は全く持てなかったからやっぱりそれを肥やしに妄想していたけど。
『仲の良い親子が何故?』なんて似通ったキャッチフレーズがたくさん出回って、それすら妄想の種だった。
悪い魔法使いや宇宙人、幽霊、ウイルスなんかのせいだって、いっぱい妄想したな。し尽くしてもう飽きたけど。
悪い魔法使いは言いました。
「あまりにもくだらない魔法の国に飽きて仕舞ってね、この人間界で何か面白そうなことはないかとやって来たのさ。
そしたら仲が良さそうに歩いている親子が居てね、余りにも腹が立ったから殺しあえば良いと魔法を掛けてやったのさ。
だって、そんな幸せそうな奴を見ると腹が立つじゃないか。
自分は不幸な魔法使いだ、だとは思わないが、自分より幸せそうな奴を見ると無償に腹が立つ。
何も知らずに平和ボケしている奴らを見ると反吐が出る。
くだらない理由でくだらない抗争を招き、不幸な結末になるのは人間のセオリーだろう。
ワタシはその結末を迎えるのを少し早めてやっただけさ。今思うと、くだらないことをしたと思うけどね。
あまり面白くなかった。さて、今度は何をして遊ぼうか」
くだらないのは私の妄想だ。
買い物を済ませてお父さんが待っているであろう駐車場に早足で向かう。
さほど苦労せずにお父さんの車を見つけてそれに乗り込んだ。
「おかえりなさい。お父さん」
「ただいま。今日の夕食は?」
「ん、ハンバーグ」
「それは楽しみだな。玉ねぎは炒めてくれよ」
お父さんはあの日以来、ハンバーグの玉ねぎは炒めるよう、強要してきた。
あのハンバーグにいい思いではないのかもしれない。
私は炒めない方が楽だから手を抜きたいのだけど、そういうお父さんの声には有無を言わせない力があったから黙って従う。
私は私の親友とお母さんが居なくなってから家事を一通りこなすようになった。
そりゃあ、あの二人ほど上手くはできないけど、少しずつ少しずつ。
お父さんもそんな私を辛抱強く見守ってくれている。
最近は料理を焦がす事も少なくなったし、包丁で手を切ることもなくなった。
掃除は専らお父さんの担当なので、相変わらず私は手伝うだけなのだけど。
「この町から引っ越したいとは思わないのか」
「どうして?」
「あんなことがあれば、誰だって……」
「私は平気だよ、お父さん。後ろ指差されるのなんて前からだし。それとも、お父さんの方がつらい?」
お父さんは困ったように笑った。
私とお父さんの距離はあの事件以来、少し縮まったように思う。
あの事件が無かったらこんな風に助け合う事も、お互いを心配し合う事も無かっただろうし、私がお父さんと手分けして家事をする事もなかったと思う。
少しずつだけど、前向きに良い方向へ進んでいるのだと信じたい。
だけどこんな私とお父さんの姿でさえ、あの悪い魔法使いは見ているのだろうか。
仲が良さそうに映り、不幸に陥れたいと思われているのだろうか。
くだらないと嘆きつつ、私の中にいる魔法使いはいつだって破壊と破滅を望んでいる。
くだらない、くだらないくだらない。
そう、くだらない。
全ては私の妄想であり、魔法使いなんていやしない。
居る筈が無いのだ。
悪い魔法使いも、宇宙人も幽霊も、人の人格を変えてしまうウイルスだって、在るはずが無い。
居る筈が無い。全
ては私の妄想。虚言、狂言、戯言なのだ。
本当に居たら、現実にあったら、ノンフィクションなら。
密かに望む事もあるけれど、このままで良い。
日常を壊そうとは思わない。
そんな事は起こりえないとちゃんと理解もしているし。
うん、理解している。でも、
……あれ、でも。
私は昔、魔法使いに、本物の魔法使いに逢った事がある。
お母さんが泣いている。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。
手には包丁を持って、その包丁には何か赤い物がぽたぽたと垂れている。
包丁だけじゃなくて、お母さんが着ている白いセーターにも、デニムのロングスカートにも何か赤いものがべっとりと付いて、スリッパにも付いているらしく、赤い足跡が台所から続いていた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
だけどお母さんが全身に纏っている赤いものが何なのか、理解するまでにそう時間は掛からなかった。
その血は一体誰の血なのだろう?考えたくもなかった。
「もう、耐えられない、私にはもう耐えられないわ。
貴方について行く事はできない。限界よ。
この罪の重さを背負っていく事も、この罪悪感に耐えていく事も、貴方の思考について行く事も、貴方の異常な嗜好について行く事も限界、限界なの。
作り笑いも限界、幸せな家庭を装うのも限界、母親の仮面を被るのも限界、近所の目を気にするのも限界、警察にこそこそ隠れるのも限界」
お母さんが何を言っているのか全然解らない。
言っていることが全く理解できない。
私の頭の中は真っ白で目の前は真っ暗だった。
どうして私の親友を殺したの?
「一緒に自首して頂戴。貴方に付き合うのは限界なの。限界だけど、でも自首するまでは付き合ってあげるわ。
貴方の大切な、大切な大切な宝物が、目の中に入れても痛くない、命を掛けても惜しくない、大切なこの子がどうなってもいいの?」
お母さんは近くに居た私の身柄を捕らえて首に腕を回した。
頬に包丁の刃が当たる。
どくんどくん。
心臓の音が響く。
どうして、こんな事になっているの?
何があったの?お母さんに何があったの?私の親友に何があったの?
お母さんはそんなに私の事が嫌いだったの?
解らない、解らないよ。
お母さん、どうして。
お父さんは顔色一つ変えてなかった。
お父さんも、私のこと嫌いだったのかな?
やっぱり、妄想したり、虚言ばっかりの子供なんて手に余った?
普通の子供が欲しかったよね。
ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
生きていてごめんなさい。
何度でも謝るから、部屋掃除だって自分ひとりでやるから、なんでもいうこと利くから、だから……。
そこから、私の記憶は無い。気を失ったんだと思う。
私は真実を知らない。
知る必要も無い。
知ったらきっと死にたくなるから。
「君、名前はなんていうの?」
「みぃちゃん」
「みぃちゃん?」
「みぃちゃんはみぃちゃんなの」
「そっか、じゃあみぃちゃん。歳は幾つ?」
「うー、みっちゅ」
「みっちゅ……か。まだ三歳なのに上手にお話が出来てえらいね、みぃちゃんは」
「うん、みぃちゃんたくさんおべんきょうしたの。そしたらおかあさんとおとうさんにぶたれなくなるから」
「みぃちゃんのお母さんとお父さんはみぃちゃんのこと打つの?」
「だれにもいわないで。おかあさんとおとうさん、みぃちゃんがわるいこだからおこるの。みぃちゃんがわるいの。だから、みぃちゃんがわるいこだってみんなにおしえたくないから、だれにもいわないでね、おにいちゃん」
「わかった。誰にも言わない」
「ねぇ、おにいちゃんはだれなの?しらないひとについていったらだめなのよっておかあさんがいってた。おにいちゃんはわたしのしってるひとなの?」
「そっか、まだお兄ちゃんの事、お話してなかったね。お兄ちゃんはね」
――――― はじめまして、魔法使いです。
end
後書
最初はファンタジーチックな話を予定していたんですが、何処を間違ったか猟奇殺人物になりました。
(20080215)