砂になる


じりじりと暑い夏の日。
窓を全開にして、扇風機を強にしても暑くて身体に力が入らず、何もやる気が起きない。
外では蝉が鳴いている。みんみんみーんみん、とても五月蝿くてでも窓を閉めたら暑いし、そもそも窓を閉めるために立ち上がる気力がない。
蝉は元気だなぁ。私はたとえ寿命が一週間でも、こんなに暑いとホントに何もする気になれない。
ひんやりした布団に倒れこむ。だけどすぐ体温で温まってしまう。頻繁に身体の位置をずらしても、やっぱりすぐに温まってしまう。ひんやりした布団は気持ちいい。温かい布団は暑いだけ。
砂になる。砂になる。
カラカラに干乾びて、水分もみんな無くなって、私は砂になるの。さらさらな砂漠の砂になって、風が吹いたら飛んでいってしまう。そうしたら嫌な事からも逃げられるかな。嫌な事なんて本当はないんだけどね。ただ、暑くて気だるいの。
暑い暑い。連日こんな猛暑が続く。
気温は一昨日、測るのをやめた。

私の足に汗ばんだ手が触れる。流石に吃驚して、首だけ起こした。
彼は茶化すように、その汗ばんだ手で今度は私の頭を撫でる。私は暑くて何も反応しない。というか、暑くて気だるくてそんな気力がない。彼はそんな私の態度をつまらないとでも思ったのだろうか。今度はそのまま髪の毛をぐちゃぐちゃにした。
暑いのも相俟って、私は本気で嫌そうに応える。だけど彼はそんな私を無視してひたすら私の髪の毛をぐちゃぐちゃにする。セットが乱れるとか、そんなんじゃないけど鬱陶しくて、暑くて、彼の手に触れた。その行為を止めるほどの力は全く入らないけど、抵抗の意を示して彼の汗ばんだ手に、腕に触れる。
大きくて少し筋肉質な彼の腕。夏になると汗ばんでいつも湿っている。彼の汗も汗の匂いも、私は嫌いじゃない。むしろ心地良くて大好きだった。暑いけど、決して気持ちのいいものじゃないけど大好きだった。愛おしかった。
ばたん、と彼は大げさに布団の上に私の横に倒れこんだ。
暑い。さっきよりも格段に。体感温度だろうけど、10度くらい気温が上がったような錯覚に陥る。人が近くにいるだけで、こうも違うのか。くらくらする。頭が痛い。
私は彼から距離を取ろうと上半身を起こした。
でも本当に、身体を起こすのも一苦労だ。しかし、彼から離れなければ頭痛が酷くなる。さっきまで頭痛なんてしていなかったのに。
何なのだろう、この夏の暑さは。
一息ついて立ち上がろうとした瞬間、世界が反転した。彼に腕を引かれて組み敷かれたのだ。

上から抱きしめられて、キスの雨が降ってくる。
額に、頬に、唇に。
あぁ、暑いのに……。
彼に水分を奪われているような気がする。ぎゅうっと抱きしめられて、キスされて。
暑い、気温が。いや、体温が熱い。お互いの体温が周りの気温すら上昇させていっているような気がしてさらに頭が痛くなる。ぼーっとしてくる。
水分がなくなる。体温が高くなる。
カラカラに乾涸びる。砂になる。
彼に全部奪われて、枯渇する。水分もあれだけ上昇した体温すら枯渇していく。あぁ。
見上げると、汗を流す彼の姿がある。
彼と眼が合って、嬉しそうに彼は微笑んだ。
暑い。熱いのに、抱きしめられるのが心地良い。彼の汗の匂いがいっぱいに広がって、頭がくらくらする。あれ、くらくらするのは暑いからじゃなかったっけ。
もうわからない。
頭の中で何かがチカチカ光ってる。心臓の中心で何かがドクドク唸ってる。胸の内から何かがボロボロ溢れ出てくる。
その何かがわからなくて、恐くて怖くて、身体中が痙攣するように震える。
恐くて思わず彼の背中に腕を回した。小さな汗の粒が背中に広がっているのがわかる。
その汗の粒を指でひとつひとつ繋げるように、手を背中から下半身へ這わせる。あぁ気持ち悪い。彼の汗が私に垂れて、私に滲み込んで、私は沁み込んで。
これじゃあ、砂になれない。

「なぁ……」
「ねぇ、好きよ」

暑い。
夏の暑い午後に、彼の汗を水分を奪って、彼からの愛を全て奪って。
貴方を枯渇させるの。
貴方を砂にするの。
カラカラに乾涸びて、砂になる。



end





(20101031)