隣に居る人
私は彼女のことが嫌いだ。
「ねぇ、明日は何か予定あるの」
そんなこと、急すぎて断られるのは解っているのにどうしてそんな事を訊くんだろう。
いつだって、急すぎる。
ごめんね。
可愛く小首を傾げる彼女の要望を応えてあげたくなるけど、私にだって都合がある。
「ねぇ、聞いてるの」
私は彼女のことが嫌いだ。
そのふわふわで栗色の長い髪とか。
痩せすぎず、太り過ぎず、まさに女の子らしい体躯。
誰もが真似をしたくなるファッションセンス。
近づくとほんのり良い香りがして。
ころころと表情の変わる爛漫さ。
そして、当然の如く誰にでも優しい。
誰からも愛される。
女の子らしくて本当に羨ましいと思う。いや、思ってない。
悔しくて、嫉妬の感情しか湧いて来ない。
だけど彼女はこんな私にも優しい。いつも一緒にいて私を気遣ってくれる。
私がひとりぼっちにならないように、私と沢山の友人を繋ぎ合わせてくれる。
憎むに憎みきれなくて私はいつも行き場のない感情を募らせている。
私はたとえ暇でも、彼女のことを助けない。
彼女と買い物になんて行かない。
「明日の予定はなぁに」
私は彼女のことが嫌いだ。
彼女はそこに存在しているだけで、私のコンプレックスを自覚させる。
彼女の引き立て役にすらなれない私は、みんなから必要とされている人間じゃないんだって、そこに居るだけで迷惑な存在なんだって、そう思わせられる。
妄想かもしれない。だけど、私なんて居ても居なくても一緒。それは事実だ。自覚はしている。
誰にも見て欲しくない。こんな醜い私。
誰かに見つけて欲しい。こんな哀れな私。
そんな矛盾がせめぎ合って、彼女から離れたいのに離れられない。
だって彼女と一緒に居ると私は本当にちっぽけで何の魅力もなくてどうしようもない人間なんだって自覚させられる。
だけど彼女と一緒に居ないと私は人の中に埋没してしまう。誰も私を助けてくれない。
彼女が私を救ってくれる救世主だとでもいうのか。
私は周りの好みに合わせたような流行の新しい服なんていらない。
そんな物で自分の身を守らなければならないなんて。
「デートなの」
私は彼女のことが嫌いだ。
デートなんて所詮暇つぶしなのよ。
相手なんて誰だっていい。
私たちの恋愛は恋愛じゃない。恋人がいることはステイタスの一つに過ぎない。
お互いある一定の条件さえ満たしていれば本当に相手なんて誰でもいい。好きなんて感情は後から付いてくる。
だから恋人なんて2、3カ月でころころ変わるし、その度に私たちは悲劇のヒロインのように傷ついて、周りに助けてもらいたくて、構って欲しくて、自分で自分を追いつめる。
あぁ本当に、馬鹿みたいだ。
私にだって彼女にだって、そんな経験は何度もある。
だけど彼女は素直に喜んで本当に嬉しそうに笑う。
自覚があるんだか、ないんだか。どっちだって一緒だけど。
なんだかこんなこと考えている私が悪者みたい。本当に最低だな、私って。
デートなんて期待してない。失敗してしまえばいいのに。
「隣のクラスの男の子に誘われて」
私は彼女のことが嫌いだ。
あぁ、本当に。相手から誘ってくれるよう仕向けるのが得意なのね。
可愛らしく笑って、うるんだ瞳で下から男の子を覗きこめば絶対に言うことを聞いてくれる。それを心得てる。
つまらないから面白いことを探しているの。毎日楽しいことを求めているの。
男の子なんて、ううん、他人なんて毎日を面白可笑しくしてくれる道具でしかないの。
自分のことしか考えていないの。自分のことしか考えられないの。
酷いと思う。だけど、女の子から泣けば周りは女の子に味方する。男の子は悪者扱い。あいつは分かってない。まだまだ子供。そういって女の子の悪口の肥やしにされていくのよ。
何回酷いことをしても、何人酷い目に合わせても止めない。だって楽しいことが好きだから、何人だって求めるの、男の子を。
本当は別に恋人がいるのに。同年代なんて子供の男の子じゃない。大人の男の人。
「ねぇ、もしものことがあったらお願いね」
私は彼女のことが嫌いだ。
もしもの事って何?
本当はそういうことを期待しているくせに。
人より一個でも、人より早く色々なことを経験したいだけ。
そして優越感に浸りたいだけ。
同じ年頃の男の子なんて、大したことないのよ。
私たち女の子と一緒で、ただ相手から誘ってもらえるのを待ってる。
ねぇ、貴女はどんな経験がしたいの。
どんな経験をして優越感に浸りたいの。
そんなこと経験したって、何の得にもならないのよ。後悔するだけ。
男の子と色々なことを経験するって、どんなことか解ってるの。本当に後悔するだけなのよ。
彼女には解らないのかしら。
男の子と付き合うのって、どういうことか解っているの。男の子とデートするのってどういうことか解っているの。
私は彼女を助けない。
「頼れる人、あなたしかいないの」
うそつき。
他に沢山友達が居るのに、どうしてそういう嘘をつくの。
「貴女が傍に居てくれて本当に嬉しい」
私は彼女のことが嫌いだ。
だけど絶対に離さない。
ずっと私のそばに居てもらうわ。
私のわがまま聞いてもらうの。
だって貴女も私のこと大好きでしょう。
私のことが好きだから傍に居るんでしょう。
言葉で縛るの。
『大好き』って言えば、嫌な思いをする人はいないでしょう。
迷惑じゃないって貴女が言ったのよ。
「ありがとう。大好きよ」
ほら、固まった。
これで逃げられないでしょう。
少なくとも明日は一緒に居られるのね。
ねぇ、ずっと私の隣に居てね。
end
(20101231)